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第20回 開館10周年特別展「インド 沙漠の民と美(前期)グジャラート州 大地の針仕事」

2020年4月2日 - 7月12日

 今回はミュージアム10周年記念を祝い、私の出発点となった「インド 沙漠の民と美」をテーマにした。  インド通いがはじまったころ、グジャラート州カッチ地方の伝統的なアジュラック染の職人、モハマッド氏の案内で私はある村を目指していた。その途中、8台の牛車が陽気な歌声と共に近づいてきた。近くに寄って話を聞くと、移動するラージプートの一団だった。女性のはいている木版更紗のスカートが美しく、どこで手に入れたか尋ねたら、近くの店にあるという。 こんな沙漠の小さな村のなかでも、そのよろず屋には食料や雑貨とともに鮮やかなスカート生地が売られていた。前期の表紙の写真はその時のもの。また、カッチに着くやいなや訪れた、城塞の中にある小さなミュージアムで、極小のミラーを嵌め込んだ刺繍の衣装を見て驚いた。まるで小さなダイヤのような輝きだった。沙漠の奥にどうしてこんな精緻な刺繍があるのか信じられなかった。この時から、ここはただの沙漠じゃないと確信し、足繁く通うことに繋がった。

 後期の表紙は私の木版更紗の目を開眼してくれた、染め職人のナライン師。彼との出会いはジャイプルの城下街の黒くすすけた職人街の一角だった。小柄なネルー帽の彼は通りすがりの訪問者に、脇に積んである出来上がった布を快く丁寧に見せてくれた。彼と会話を続けるうちに、似たような小花にもそれぞれ名前があることや、400年もの歴史が職人たちの手で、細々だがしっかり残っていることを教わった。本当の師匠に出会った瞬間だった。彼の染めた木版染のスカートを私は今も愛用している。使えば使うほどに良さが分かり、文字通り一生使える布である。ある時、ANOKHIの創設者のフェイス氏に彼を紹介すると、伝統的な彼の仕事がファッションの分野に展開され始めた。彼女も、地味だけども奥深いこの木版更紗に魅了された。その後、私自身もジャイプル周辺の様々な染場を回り、色々な木版更紗を集めて回ったが、彼の染めた布が一番地味で渋い。そこには実直な職人の姿勢が裏付けされている。だから飽きることもなく実用としてもファッションとしても通用し、とりわけて美しいと思う。また、ラージャスターン州の州都であるジャイプルの街はピンクシティとも呼ばれ、空の青さは格別、行く度に新鮮で、そういう自然の景色が布に結びついていると深く感じている。

 「沙漠の民と美」とは、単にエキゾチックで珍しいものではなく、いうなれば美の原点。身の回りの限られた資源のなかで、長く使えて、飽きがこない。現代ではとてつもなく難しいことが、彼らの当たり前の世界だった。私の半生を魅了したインドの手仕事が新たなルーツとなってあちこちに根付き、将来の世界の手仕事を牽引する力になってほしい。当館の今後の活動も、同じ方向を向いている。

 岩立広子

 刺繍の宝庫といえるグジャラート州の村々では、女性たちの針仕事が沙漠の暮らしを豊かに彩りました。過酷な環境の中で子供を無事に育てることは大切な母の使命、その思いを吉祥文や魔除けのミラーを施した刺繍に託しました。とりわけ、ラクダや羊、山羊を飼う牧畜民のラバーリーと呼ばれる人たちの間では幼児婚の慣習があるために、極めて華やかな子供服がありました。前期はそんな刺繍の豊富なグジャラート州、主にカッチ地方の染織品を紹介します。